【人のように話すゾウ、鼻を使って発音】
アジアゾウのコシキは、鼻を口の中に入れて韓国語の5つの単語を発音できる。
ある日、ぞうのコミュニケーションを研究するジョイス・プール(Joyce Poole)氏に、韓国ソウル郊外のテーマパーク「エバーランド」のスタッフから動画が送られてきた。韓国語を話すゾウ、コシキ(Koshik)の存在を専門家が初めて認識した瞬間である。プール氏は、ゾウの調査と保護を進めるNGO団体「Elephant Voices」に所属している。
「ねつ造とは思えず、本当に驚いた。明らかに人間の声を真似ていた」と、同氏は当時を振り返る。
チームの仲間に動画を見せたところ、「科学的に真偽を調査する必要がある」との結論に達したという。
「コシキは間違いなく韓国語を話している」そう断言するのはプール氏の同僚だったウィーン大学のアンジェラ・ストガー(Angela Stoeger)氏。あれから6年が経過していた。
◆言葉を聞き取る能力
ストーガー氏のチームはまず、コシキの発する声がそもそも言葉なのか検証する必要があった。担当調教師からはアンニョン(こんにちは)、アニ(違う)、アンジャ(座って)、チョア(良い)など6つの単語を話せるという説明があった。
そこで、このゾウについて何も知らない韓国人に、録音した47種類の声を聞かせて、どのように聞こえたか書き留めてもらった。「ゾウの声とは伝えたが、内容は伏せておいた」という。
調査の結果、コシキの声は人間の耳でも容易に聞き取れると判明。なお、母音の方がわかりやすく、いまだ発音に苦労している子音は判別できないケースもあった。
「100%の正解率ではなかったが、事前に内容を知らされていなければ、オウムの上手な声真似でも理解するのは難しい」とストーガー氏。
しかし、ゾウの鳴き声のバリエーションである可能性も捨てきれない。そこでチームはコシキの言葉と一般的なアジアゾウの鳴き声を比較し、全く異なると確認した。担当調教師が発する命令とイントネーションや周波数が同じなので、声真似をしていると考えられる。
◆長い鼻を活用
話すだけでも驚きだが、発音の仕組みはさらに興味深い。「オゥ」と発音する時、人間は頬をすぼめて唇をとがらせる。大昔に上唇が発達して長い鼻を獲得したゾウは、「頬と唇」という構造がなく、解剖学的には同じ発音ができない。
しかし、コシキは長い鼻を口の中に巻きいれ、下顎を動かすという独特の方法を発明した。ストーガー氏によると、アジアゾウでは大変ユニークな発音方法だという。
ゾウに限らず、動物でもオランウータンぐらいしか確認されていない。オランウータンは、手や木の葉を使って鳴き声の周波数を微調整する。
◆ゾウ社会と隔絶
長い鼻を器用に使って人間の発生機構を模倣する背景には、人間との親密な社会的繋がりがあるようだ。
コシキの声真似が初めて確認された14歳まで、他のゾウとほとんど接する機会のない青春期を過ごしていた。
「ゾウは社会性と知能が非常に高く、性格もそれぞれ異なる。周りの状況に応じて、普段から信じられないほど多様な鳴き声を使い分けている」と、Elephant Voicesのプール氏は指摘する。なお、同氏は今回の研究には参加していない。
「もしかしたら、コシキの声真似は驚くような現象ではないのかもしれない。社会性、柔軟性、認識能力、身体能力に優れたゾウが、身近な音を模倣しただけとも言える。」
ストーガー氏の最新研究は、「Current Biology」誌オンライン版2012年11月1日付で公開されている。
文=Shannon Fischer

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